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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)8117号 判決

原告 岡田信男

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 岡島重能

右訴訟復代理人弁護士 角田耕造

被告 大阪府

右代表者大阪府知事 岸昌

右訴訟代理人弁護士 上坂明

同 谷野哲夫

同 水島昇

右上坂明訴訟復代理人弁護士 荻原研二

被告指定代理人 永山光義

〈ほか三名〉

主文

一  被告は、原告両名に対し、それぞれ金五六八万一二四四円及びこれに対する昭和五七年四月八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告両名に対し、それぞれ金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年四月八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告らの二女斗美子(昭和四七年九月二〇日生。以下「斗美子」という。)は、昭和五七年四月八日午後四時三〇分ころ、大阪府茨木市豊川一丁目三六番地付近を流れる勝尾寺川(以下「本件河川」ともいう。)に設置された上ノ垣内堰門扉(以下「本件堰門扉」という。)の動力室付近のコンクリート製護岸(以下「本件コンクリート護岸」という。)から水面に転落して溺死した(以下「本件事故」という。)。

2  被告の責任

(一) 本件堰門扉(これは、別紙図面(一)に表示されているように、門扉を支持する堰柱、門扉を操作する動力室、本件コンクリート護岸を含むコンクリート製の護岸等と有機的一体をなすものである。)は、勝尾寺川の水を灌漑用に貯え、これを適宜放流する目的で設けられた自動転倒式のもので、被告(茨木土木事務所)が、昭和四三年ころ勝尾寺川の河川改修工事の一環として従前の固定堰に変えて設置した公の営造物である。

被告は、一級河川である勝尾寺川の管理行為の一内容として、本件堰門扉とその周辺を定期的に巡視し、管理していた。

また、被告は、本件堰門扉の設置費用を負担するとともに、勝尾寺川の管理費用負担者(河川法六〇条一項)として本件堰門扉の管理費用を負担していた。

(二) 同市豊川一丁目三六番地付近の勝尾寺川の河岸は、右改修工事以前は河川東側の道路(以下「左岸道路」という。)から河べりまで緩い傾斜となっていたが、改修工事の結果右傾斜が急角度になり、石あるいはコンクリートブロック製の急斜面の護岸壁となった。また、本件堰門扉設置後、上流からの水が堰き止められることにより、本件堰門扉の上流部分に大人の背丈を超える深さの水溜りが生ずる一方、動力室前の本件コンクリート護岸は人が通行できる程度に平坦であるため、そこから人が護岸の傾斜に沿って水溜りの表面近くまで降りてゆくことが容易になり、堰門扉からの水の落下状態や水溜りを見たり水面に触れることが可能となった。

こうして、本件堰門扉付近は、好奇心と冒険心に富む子供たちにとって魅惑的な場所となり、近所の子供が水溜りで魚釣りをするなどして遊ぶようになったが、子供が水溜りに転落すると、護岸が急傾斜であるため容易に川から這い上がれず、溺死する危険が大きくなった。

(三) 従って、本件堰門扉の設置者である被告は、右設置にあたり左岸道路から本件堰門扉付近への自由な通行を遮断するための施設や護岸からの転落を防止するための施設(安全柵等)を設置すべき義務があったのに、これを怠った(本件堰門扉設置の瑕疵)。

もっとも、昭和四四年には左岸道路の通行者の転落の危険を憂慮した住民の要望に基づき、茨木市により本件堰門扉からその上流にかけて道路沿いにガードレールが設置され(但し、右ガードレール南端と動力室との間には幅員約七〇センチメートルの隙間が残された。)、また、昭和五一年ころ豊川小学校PTAにより右ガードレール南端付近に「あぶない。ちかよらないようにしましょう。」と書いた立札が立てられ、更に昭和五四年には茨木市により右ガードレール南端と動力室との間の隙間部分に安全柵(以下「本件安全柵」という。)が設置され、これにより外形的には左岸道路から本件河川内部(本件堰門扉付近)への通行は遮断された。しかし、本件安全柵は抜取式になっており、軽量(約二キログラム)で、かつ、施錠されていないため、斗美子のような女児でも容易にこれを持ち上げて抜き取ることができ、しかも、柵自体がぐらぐらしているため、傾けると柵と動力室との間に幼児が通過できる程度の隙間ができる状態であって、あたかも開閉自由の扉が設置されているのと同様であったことから、児童幼児の転落防止施設としては全く不十分であった。

なお、本件事故後、本件河川の両岸に新たに鉄柵が設けられ、動力室横(北側)には施錠装置の付いた開閉式扉が設置された。

(四) また、本件河川の管理者は、被告であり、仮に被告でないとすれば大阪府知事であるところ、右管理者は、平常本件堰門扉付近を巡視することにより、児童幼児が前記のような欠陥を有する本件安全柵を通って護岸に侵入し本件堰門扉上方の水溜りに転落溺死する危険が存するのを十分予測し得たのであるから、本件安全柵に施錠し、或いは本件事故後に設置されたような安全柵と取り替えるなど、児童幼児が本件安全柵を通って本件堰門扉付近の護岸へ立入るのを阻止できるような具体的措置を講ずるべきであったのに、これを怠った(護岸管理の瑕疵)。

(五) 斗美子は、本件安全柵を一部引き抜いて、これと動力室との間の隙間から本件コンクリート護岸に立ち入り、誤って水溜りに転落、溺死したものであるから、本件事故は前記のような瑕疵によって生じたものというべきである。

(六) 従って、被告は、国家賠償法二条一項に基づき、仮にそうでないとしても同法三条一項に基づき、斗美子及び原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

本件事故によって斗美子及び原告らに生じた損害は次のとおりである。

(一) 斗美子の逸失利益と原告らによる相続

(1) 斗美子は、本件事故当時満九歳であり、本件事故にあわなければ満一八歳から満六七歳までの四九年間は就労が可能であった。ところで、昭和五六年度の賃金センサス女子労働者全年齢平均額にベースアップ分年五パーセントを加算すると、その年間収入額は金二〇五万三三八〇円となり、ここから生活費として五割を控除し、またホフマン方式により中間利息を控除して九歳当時の現価に換算すると、金二〇〇九万五八一六円となる(二〇五万三三八〇円×〇・五×一九・七五三四=二〇〇九万五八一八円)。

(2) 原告らは、斗美子の両親として、それぞれ右逸失利益の二分の一にあたる金一〇〇四万七九〇七円を相続により取得した。

(二) 慰藉料

斗美子の死亡により原告らの受けた精神的苦痛は甚大であり、これを金銭で慰藉するとすれば、それぞれ金六〇〇万円が相当である。

(三) 葬儀費用

原告らは、斗美子の葬儀を行い、その費用として金六〇万円を出捐したので、それぞれ金三〇万円を請求する。

(四) 弁護士費用

原告らは、本訴の提起、追行を弁護士に委任せざるを得なかったところ、本件の内容、規模等に照らし、弁護士費用として金二〇〇万円(各自一〇〇万円)が相当である。

(五) 以上の金額を合計すると、原告らの損害は、それぞれ金一七三四万七九〇八円となる。

よって、原告らは、各自被告に対し、損害賠償金一七三四万七九〇八円の一部である金一〇〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五七年四月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、本件事故の発生時刻及び転落場所の点を除いて認める。

本件事故当日、斗美子の死体が発見された場所の上流約一〇メートルの地点(取水口付近)で、同児の履物の片方が浮いているのが発見された事実に照らすと、斗美子の転落場所は、原告ら主張の場所よりもっと上流であったと推測される。

2  同2の事実について

(一) (一)の事実中、本件堰門扉は、勝尾寺川の水を灌漑用に貯え、適宜放流する目的で設けられた自動転倒式のもので、昭和四三年ころ勝尾寺川の河川改修工事の一環として従前の固定堰に代えて設置されたものであること、被告が本件堰門扉の設置費用を負担したこと、被告が勝尾寺川の管理費用負担者であることは認めるが、その余は否認する。

本件堰門扉の設置者は被告ではなく大阪府知事であり、その管理者は上ノ垣内水利組合である。また、勝尾寺川の管理者は大阪府知事である。

本件堰門扉は河川管理施設ではなく、従って被告が設置管理する公の営造物ではない。

(二) (二)の事実は争う。

本件事故現場付近の川沿いの道路(左岸道路)は、人通りが殆どなく、児童の通学路にも指定されておらず、また、周辺の子供達の遊び場としては児童公園、春日神社、道祖神社等が利用されていたものであって、本件堰門扉付近は、子供達の遊びに適する場所でもなければ、現に遊んでいたという事実もなかった。また、本件事故以前に現場付近で水難事故が起こった事実もなく、自治会やPTA、周辺住民等から被告等に対して転落防止措置に関する要望もなかった。

本件堰門扉上方の水溜りは、満水状態であれば、本件コンクリート護岸の低位部や堰柱の高さは水面上わずか二〇センチメートル位であって、転落した場合、斗美子程の年齢の子供でも容易に堰門扉、護岸或いは堰柱に手を掛けることができる状態であった。

(三) (三)及び(四)の事実中、本件事故当時、茨木市により本件堰門扉からその上流にかけて左岸道路沿いにガードレールが設置され、豊川小学校PTAにより右ガードレール南端付近に「あぶない。ちかよらないようにしましょう。」と書いた立札が立てられ、更に右ガードレール南端と動力室との間の隙間部分に本件安全柵が設置され、これにより左岸道路から本件河川内部(本件堰門扉付近)への通行が遮断されていたこと、本件事故後、大阪府知事により原告ら主張の鉄柵が設置されたことは認めるが、その余は争う。

河川法一条に規定されているような河川管理の目的に鑑みると、河川の管理に瑕疵があるとされるのは、原則的には、河川の通常予見すべき危険、すなわち河川の機能の喪失、減退等にともなう災害等の危険に対して、河川の通常有すべき安全性を欠く場合を指すものというべきところ、本件事故現場付近の勝尾寺川の堤防、護岸等には機能上の欠陥はなく、従って勝尾寺川が河川として通常有すべき安全性を欠くということはなかったのであるから、結局その管理に瑕疵はなかったというべきである。

そもそも河川は、本来その原状のまま住民一般の自由利用に供され、住民は自らの責任において危険を防止しつつ河川を利用すべきものであって、仮にその利用によって何らかの損害が生じたとしてもその損害は自らその危険を防止しなかった利用者自身の負担に帰せしめられるのが原則である。ところで、本件事故現場付近の勝尾寺川は、堤防、護岸壁、堰等が昭和四三年に実施された河川改修以降現在に至るまで同じ状態であり、そのようなものとして住民の利用に供されてきたものであり、また、本件堰門扉は常時閉扉されていてその周辺は常に満水状態か或いはそれに近い状態であった。それにもかかわらず、本件堰門扉付近で転落事故等が発生したことはなかったし、同所で子供が遊んでいたということもなかった。従って、勝尾寺川の管理者としては、通常河川管理に必要とされる管理行為を行えば十分であり、それ以上に何十年に一度偶然に生ずるかもしれない子供の転落事故まで予想して、これを防止するための安全柵や金網等の設置義務までも課されているものではない。

仮に、本件河川管理者に管理事務の一環として転落防止施設の設置義務があったとしても、本件事故当時既に現場付近の左岸道路沿いにはガードレールが設置され、動力室の北側には本件安全柵、南側にも安全柵が設置され、これらにより本件堰門扉と道路の間は遮断されるとともに、本件安全柵横に注意を喚起する立札が立っていたものであるから、少なくとも小学生以上の者には本件堰門扉付近への立入ないし転落防止施設として十分であった。そして、斗美子の年齢(九歳六月)をも考え併せると、このような状況のもとで、斗美子が同所で転落の危険のある行動に出ることは通常予想し得ないことであるから、勝尾寺川ないし本件堰門扉に通常有すべき安全性に欠けるところはなかった。

(四) (五)の事実は争う。

前記のとおり、斗美子の転落場所は本件堰門扉付近より更に上流であったと推測されるが、そうすると同児はガードレールを乗り越えたかこれをくぐり抜けて護岸壁に至ったものと考える外ない。また、仮に斗美子が原告らの主張するように本件堰門扉付近に転落したものとすると、同児は本件安全柵を乗り越えたばかりか、立札による警告をも無視したもので、いずれにせよ本件事故は同児の極めて大きな過失によって発生したことになる。しかも、原告らにおいても同児の両親として、常日頃から同児に対して本件事故発生現場付近の危険性を指摘し、近づいたり、特に護岸上に立ったりしてはいけない旨の注意を与えるべきであったのにこれを怠り、結果として本件事故が発生したものである。従って本件事故は、同児及び原告らの側の全面的な過失によって惹起されたものというべきである。

(五) (六)は争う。

3  同3の事実は、全て争う。

三  抗弁(過失相殺)

仮に、本件事故について被告に責任があるとしても、斗美子及び原告らの側にも前記(二2(四))のような重大な過失があったから、過失相殺されるべきである。

第三証拠関係《省略》

理由

原告らの二女斗美子(昭和四七年九月二〇日生)が、昭和五七年四月八日、大阪府茨木市豊川一丁目三六番地付近を流れる勝尾寺川に転落して溺死したことは当事者間に争いがない。

一  被告の責任について

1  本件堰門扉の設置等

《証拠省略》によれば、本件河川は昭和四〇年に一級河川の指定を受けて、建設大臣の管理するところとなり(河川法九条一項)、大阪府知事がその委任に基づき管理権限の一部を代行し(同条二項、昭和四六年建設省告示第三九六号)、大阪府茨木土木事務所がその管理行為を具体的に担当していること、大阪府茨木土木事務所は、昭和四三年に勝尾寺川の河川改修工事を行った際、上ノ垣内水利組合が勝尾寺川の水流を堰き止め、灌漑用に取水するため本件事故現場付近に設置していた固定堰を除去し、その代替施設として自動転倒式の本件堰門扉を設置したこと(右設置の経緯は当事者間に争いがない。)を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

なお、原告らは、被告が本件河川の管理者であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

また、原告らは、本件堰門扉の設置者は被告であると主張し、検甲第一号証によれば、本件堰門扉の動力室に掲げられた表示板には「事業主大阪府」との記載が存することが認められるけれども、これは被告(茨木土木事務所)が本件堰門扉設置工事の主体であることを示すにとどまり、これのみではいまだ被告が設置者であることを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

2  本件事故当時における本件堰門扉付近の状況等

《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  勝尾寺川は、本件事故現場である大阪府茨木市豊川一丁目三六番地先を北から南に流下し、周辺には人家や田圃が散在していた。

(二)  本件事故当時の本件堰門扉とその周辺の状況は凡そ別紙図面(一)のとおりであった。即ち、本件堰門扉は、増水時に一定水位を超えると自動的に転倒する仕組みの門扉、これを支持する堰柱と両岸のコンクリート護岸、及び門扉を人為的に開閉するための動力室から構成されており、平常時には閉扉されているため、門扉の北側には堰き止められた水流によって深さ二メートル程の水溜りが形成され、溢れた水が門扉の上部から滝になって流下していた。また、動力室と本件河川との間の本件コンクリート護岸は別紙図面(二)のような構造で、水面方向に傾斜しており、その低位部から水面までの距離は満水時で二〇センチメートル程度であった。

本件堰門扉設置後、右水溜りには鮒などの魚が棲むようになったため、近所の子供達がそこで魚釣りをするようになり、また、これらの子供達や左岸道路の通行人が、道路から動力室の横を通って前記コンクリート護岸に至り、その傾斜に沿って容易に右水溜りに接近することができる状態となった。

(三)  右河川改修工事の結果、左岸道路から水面までの法面は急角度の石又はコンクリートブロック護岸壁となって、左岸道路の通行人が誤って本件堰門扉上流の水溜りに転落する危険が生じた。そこで、左岸道路を管理している茨木市は、豊川町自治会の要望に応えて、昭和四四年に本件堰門扉の上流の清水橋(本件河川が国道一七一号線と交差する地点)から動力室の手前までの区間の左岸道路沿いに、通行人の転落防止のためのガードレールを設置した。

これにより左岸道路から河川への転落の危険は一応解消されたものの、右ガードレールと動力室との間には、なお幅約七五センチメートルの隙間が残された(これは、本件堰門扉や本件河川の管理担当者が本件コンクリート護岸部への侵入路を確保するためと推測される。)ことから、左岸道路の通行者や魚釣りをするなどして水溜り付近で遊ぶ子供達が本件コンクリート護岸部に容易に入りうる状況に変わりはなかった。そこで昭和五二年頃、豊川小学校P・T・Aは、本件堰門扉付近で遊ぶ児童・生徒が動力室の横から本件コンクリート護岸部に入って水溜りに転落する事故の発生を慮って、これを未然に防止するため、その自主的判断で右ガードレールの南端付近に「あぶない、ちかよらないようにしましょう」と書いた立札を掲げた。

(四)  更に昭和五四年、茨木市は、本件コンクリート護岸付近から河川への転落事故を防止するため、動力室とガードレール南端との間の前記隙間に鉄パイプ製の本件安全柵を、また、動力室南側の空地と左岸道路との間に同様の安全柵をそれぞれ設置した。

本件安全柵は、幅約六三センチメートル、地上高約九三センチメートル、重さ約八キログラムで、左右端の二本の脚を地上のコンクリート基部に設けられた穴に差し込んで支持するとともに、脚部を右差込穴から引き抜いて柵を開く構造となっていたが、勝手に脚部を穴から引き抜くことができないようにするための施錠等の装置はなかった。本件安全柵と動力室との間の隙間は約一〇センチメートルであったが、脚部と差込穴との間には隙間が存するため柵全体がぐらぐらして前後(東西)に傾けることができ、手前に傾けた場合には動力室との間に最大一四センチメートル程度の隙間ができて、幼児・児童であればここから本件コンクリート護岸部に入ることが可能な状態であった。また、穴への差し込み部分の長さは、左岸道路から向かって左脚が四センチメートル、右脚が一〇センチメートルであり、しかも右のとおり脚部と穴との間に隙間が存したことから、柵を開くためには両脚を同時に持ち上げる必要はなく、差し込み部分の短い左脚のみを引き抜くことにより容易に開くことが可能であった。そのため、小学校低学年程度の児童にとっても本件安全柵を開くことは容易であった。

以上のとおり認めることができ(る。)《証拠判断省略》

2  本件事故に至る経緯

前掲各証拠によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件堰門扉は原告宅から約五〇〇メートルの距離にあり、動力室付近で左岸道路に交差している原告宅へ通じる道路があった。

斗美子やその妹の岡田香代(原告らの三女、昭和五〇年四月八日生。以下「香代」という。)は、日頃、原告らから「危ないから勝尾寺川には遊びに言っては行けない」との注意を受けていたが、斗美子は、右注意に従うことなく、本件事故以前にも何度か本件堰門扉付近で遊ぶことがあった。

(二)  本件事故当日、斗美子と香代は、学校から帰宅して昼ころから自宅近くの神社でしばらく遊んだ後、斗美子の提案で本件堰門扉付近に遊びに行くこととし、前記の左岸道路へ通ずる道路を通って動力室前に至った。そして斗美子は、本件安全柵の左脚を持ち上げ穴から引き抜いて向かい側に押し、動力室との間にできた隙間を通って本件コンクリート護岸部に入ったうえ、動力室西側のコンクリート斜面上を河川に沿って南方へ進み、コンクリート堤防の南側の草の生えている空地(別紙図面(一)参照)に至った。香代も斗美子の後に従って本件コンクリート護岸に出たが、斜面上を歩くのが怖かったため、右斜面と動力室との間の平坦部を通って右空地に至った。

(三)  斗美子と香代は、右空地で一時間程ままごと遊びをした後、午後四時三〇分過ぎころ帰途についた。その際、斗美子は往路と同じ経路を通ったが、香代は動力室西側のコンクリート斜面を通るのを避けるため、コンクリート堤防の北端付近で同児の前方、動力室西側のコンクリート斜面上を歩いている斗美子と別れて、動力室南側の空地を経由して左岸道路に出、道路東端で斗美子が来るのを待った。ところが、斗美子がなかなか現れず、しかも動力室の南側から呼び掛けても返事がなかったため、香代は、再び本件コンクリート護岸に出て斗美子を捜したが、その姿を見つけることはできず、やむなく一人で帰宅した。

(四)  本件事故当夜、本件堰門扉上流の水溜り水面に斗美子の履いていた履物が浮いているのが発見され、同所付近を捜索した結果、翌九日午前零時三〇分ころ、本件堰門扉の堰柱、門扉、及び本件コンクリート護岸によってコ型に囲まれた地点(別紙図面(一)の地点)の川底から斗美子の水死体が発見された。なお、本件事故当時、本件堰門扉の上流は満水状態であった。

右認定の事実によれば、本件事故当日、斗美子は、動力室西側の本件コンクリート護岸の斜面を歩行中に誤って本件堰門扉上流の水溜りに転落し、溺死したものと認められる。

なお、被告は、本件事故当日、斗美子の死体が発見された場所の上流約一〇メートルの地点で同児の履物の片方が発見されたものであり、この事実に照らすと、斗美子の転落場所は本件コンクリート護岸付近よりも更に上流であったと推測される旨主張し、《証拠省略》中にはこれに沿うかのような供述部分が存するけれども、これらはいずれも伝聞供述であるうえ、本件事故当夜の捜索活動に携わった警察官自身は死体発見場所の一〇メートル程上流で同児の履物が発見されたとの情報を全く得ていなかったこと(証人遠山和夫の証言)や証人岡田香代の証言に照らすと、右各供述部分は採用できず、他に被告の右主張を裏付け、前記認定を覆すに足りる証拠はない。

3  本件堰門扉付近における河川管理の状況

《証拠省略》によれば、被告の茨木土木事務所は、本件河川について、河川法に基づく許認可事務、河川の不法占有・不法投棄の取締、河川敷の管理・処分等の河川管理事務を担当し、同事務所の職員が二人一組になって、一、二週間に一度の割合で定期的に本件河川を巡回し、河川管理施設等の点検、不法行為の規制等の管理行為を行っていたこと、本件事故現場付近の管理施設、即ち、本件安全柵、ガードレール、本件コンクリート護岸、コンクリート堤防等も右管理行為の対象となっていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

4  本件コンクリート護岸の管理の瑕疵

以上に認定した事実に鑑みると、本件河川の改修工事の一環として本件堰門扉が設置された結果、堰門扉の上流には平常時において水深が二メートル程もある水溜りが生じ、また、そこに魚が棲むようになって魚釣りに恰好の場所となったものであり、しかも右場所が左岸道路に隣接し、ごく近い位置にあったものであるから、平常本件河川の管理を行っている大阪府知事にとっても、好奇心と冒険心に富む子供達が左岸道路を通る際本件堰門扉や水溜りに対する興味にかられてこれに近づくために本件コンクリート護岸に降りたり、魚釣りをしに来た子供が水を汲んだり水溜りのより近くで釣りをするために本件コンクリート護岸に降りることが容易に予想され、かつ、人、とりわけ児童、幼児が本件コンクリート護岸に立ち入って歩行したり、遊んだりするときは、そこが水溜り方向への比較的急なコンクリートの斜面になっていることから、誤って右護岸上から水溜りに転落し、水死する危険があることもまた容易に予想されることであったといわなければならない。

従って、本件河川、就中本件コンクリート護岸を管理している大阪府知事としては、右危険を回避するため、左岸道路から本件コンクリート護岸への立ち入りを阻止するための十分な措置を講ずる義務があった。しかるところ、本件では昭和五四年茨木市の手で動力室とガードレールとの間に本件安全柵が設置されたことにより、外形上は本件コンクリート護岸への立ち入りが阻止されたものの、本件安全柵は前記のとおり引き抜き式になっていて、施錠等の装置はなく、児童にとっても容易にその本来の用法に従って開くことが可能であり、防護柵としての機能を果たすには余りにも不十分であって、本件河川を巡回する際に本件安全柵を点検していた大阪府茨木土木事務所においても、本件安全柵に右のような欠陥が存することは十分知り得たものであるから、大阪府知事としては本件安全柵の存在をもって事足れりとせず、更にこれに施錠設備を設けて容易に引き抜くことができないようにするか、或いは容易に開くことのできない他の防護柵に替えるなどして、右義務を履行すべきであった。しかるに同知事はこれを怠ったものであるから、同知事の勝尾寺川の本件コンクリート護岸の管理には瑕疵があったものというべきである。

5  (被告の責任)

以上によれば、本件事故は、公の営造物であることが明らかな本件コンクリート護岸の管理に瑕疵があったことによって生じたものということができる。

ところで、被告が本件河川の管理費用負担者であることは当事者間に争いがない。従って、被告は、国家賠償法三条一項により斗美子及び原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

三  損害

1  斗美子の逸失利益

(一)  斗美子が本件事故当時満九歳の女児であったことは当事者間に争いがないから、斗美子は本件事故にあわなければ満一八歳から満六七歳までの四九年間就労して収入を得ることができたものと推認される。そして、昭和六〇年度賃金センサス第一巻第一表によれば、同年における産業計企業規模計学歴計の一八ないし一九歳の女子労働者の平均年間給与額は一五七万四二〇〇円(一一万九九〇〇円×一二+一三万五四〇〇円)であり、右金額から相当と認められる生活費四割を控除した年間純収入金九四万四五二〇円を基礎に、ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して、斗美子の前記就労可能期間中の総収入の現価を求めると、その額は金一八四八万七四六七円〔九四万四五二〇円×(二六・八五一六―七・二七八二)〕となる。

(二)  そして、原告らが斗美子の父母であることは当事者間に争いがないから、原告らは、各自右金額の二分の一にあたる金九二四万三七三三円(円未満切捨―以下同)を相続したことになる。

2  慰藉料

《証拠省略》によれば、原告らは、婚姻後三人の女児をもうけたが、長女を生後間もなく病気で失い、更に本件事故によって二女斗美子を失ったものであって、その精神的苦痛は大きいものと推認されること、その他前記認定の諸事情を考慮すると、右苦痛に対する慰藉料として各自金六〇〇万円をもって相当と認める。

3  葬儀費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは斗美子の葬式を行い、その費用として金六〇万円を支出したものと認められるところ、葬儀費用金六〇万円(原告ら各自につき金三〇万円)は斗美子の死亡当時の年齢等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

4  過失相殺

前記認定の事実及び《証拠省略》によれば、斗美子は、本件事故当時小学四年生(満九歳)で、同年齢の学童が通常有すべき認識、判断能力、行動能力を有していたものであるから、事理弁識能力を具えていたものと認められる。ところが斗美子は、日頃両親から本件堰門扉付近で遊んではいけない旨の注意を受け、また本件安全柵の近くには「あぶない、ちかよらないようにしましょう」と全文ひらがなで書かれた立札が立てられており、本件堰門扉付近に立ち入ってはいけないこと、本件安全柵を通って本件コンクリート護岸に侵入すれば、堰門扉上流の水溜りに転落する危険があることを認識しえたのに、右注意を無視して本件コンクリート護岸に立ち入り、しかも同行した妹の香代がコンクリート護岸からの転落を恐れてなるべく平坦な場所を通ろうとしたのに対し、往路帰路ともに特に転落の危険の大きいコンクリート斜面を歩行し、その結果誤って水溜りに転落したものであって、斗美子にも本件事故の発生につき少なからぬ過失があったことは明らかである。

また、原告らにおいては、斗美子に対し日頃から右のような一応の注意を与えてはいたものの、同児が実際には右注意に従わず、本件事故以前にも本件堰門扉付近で何度か遊んだことがあったことを全く知らなかったものであって、監護義務を怠った過失があるものといわなければならない。

そこで、損害額の算定にあたり右過失を被害者側の過失として斟酌すべきところ、上記認定の諸般の事情を考慮すると右過失割合を三分の二と認めるのが相当である。

そうすると、上記各損害のうち、原告らが賠償を求め得るのは各金五一八万一二四四円となる。

5  (弁護士費用)

原告らが本訴の提起、遂行を原告ら訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の性質、請求認容額、訴訟の経過等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として原告らが賠償を求め得べき弁護士費用相当額は、本件事故発生日の現価に引き直して、各自につき金五〇万円と認めるのが相当である。

四  結論

以上の次第で、被告は原告らに対し、損害賠償金として各五六八万一二四四円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五七年四月八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上清 裁判官 見満正治 三浦州夫)

〈以下省略〉

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